背景

文化人類学者・松村圭一郎さんと考える、更年期女性を真ん中に置いた会社と社会のあり方

女性の働きづらさが長年指摘されているにもかかわらず、社会的な改善の兆しはなかなか見えてきません。変化を試みる企業も一部では見られるものの、まだ多くの職場で、女性たちは身体の不調や違和感を抱えながら日々の仕事に向き合っています。

 

なぜ、課題はこれほど明確なのに、根本的な解決に至らないのか——そう考えたとき、私たちは「どこから考え始めているのか」に問題があるのではと感じました。既存の社会構造や制度の中で改善を模索するのではなく、もっと根源的に、“そもそも人にとって理想的な働く環境とはどのようなものか”という問いから始める必要があるのではないかと。

 

そこで今回は、『働くことの人類学──仕事と自由をめぐる8つの対話』(2021年、黒鳥社)の編者であり文化人類学者の松村圭一郎さんをお招きし、「女性の働きづらさ」をめぐる問いを人類学の視点から見つめ直しました。

更年期女性の不調を“個人の問題”にしてはならない

——長年解決されない「更年期女性をはじめとする、女性の不調や働きづらさ」に関して、どのように考えていけばいいでしょうか?

まず、考えるうえで大切なのは、更年期女性の働きづらさの問題を「個人の問題」として捉えないということです。現代社会では、心身の不調などは個人の問題とされ、当事者が治療やカウンセリングを受けることで解消するべきだと考えられがちです。でも、それでは当事者を「既存の職場環境や構造にどう適応させるか」という方向に向かってしまう。

 

本来カウンセリングを受けて改善すべきは、企業側です。つまり、更年期の働きづらさは「企業の問題」だと認識を変えることが第一歩。それなのに、「個人化」の考えが職場の至る所に浸透しているのが現状です。

 

業績評価ひとつとっても、悪かった場合の要因を個人のやる気や能力に結びつける。実際には働き方の条件や、評価基準、成果の定義など構造的な問題が絡んでいる可能性もあるのに。そうしたことも含めて、社会や会社といった構造的で複合的な問題を、個人の問題に単純化せずにどう解決していけるかが、問われているのだと思います。

“暗黙の前提”を疑い、想定外の要因を見つける人類学のアプローチ

——複合的な要素が絡み合う問題に対して、どう対処していくといいのでしょうか?

私たち文化人類学者が課題にアプローチする際に重視しているのは、問題を解決したり構造を解き明かしたりする側の持つ「暗黙の前提」を疑うことです。問題の要因を見つけようとして、何かしらの仮説を持って調査をスタートしても、仮説を裏付ける情報を得るだけにとどまらず、その過程で「想定外の要因や因子の絡みつき」を見つけることが重要だと考えています。

 

わかりやすく対比をすると、ビジネスの世界で組織の状況を把握するために、社員アンケートをとったり、社員インタビューを行いますよね。でも、人類学の調査ではどちらもあまりやりません。

 

なぜなら、アンケートに関しては、質問項目をつくる際に必ず製作者の暗黙の前提が混じるからです。たとえば、心身の不調を「個人の問題」と考えている人が、個人のライフスタイルや眠り方について聞く項目を作れば、当然「個人の問題」に帰結する回答が集まってきます。それをいくら分析しても職場環境の問題には辿り着けません。

 

インタビューも同じです。質問者が誰であるかによって回答の仕方が変わったり、回答者が“正しい答え”を言おうとしたりする。質問すれば本当のことを聞き出せるとは限らないんです。

 

人類学が大事にしているのは、こちら側の前提とは違う要因を見つけること。ですから、意図的に作ったアンケートや、かしこまったインタビューなどではなく「長い時間一緒に過ごしながら観察する」という参与観察の手法を多く採用します。自由な会話のなかで聞けた情報や、調査テーマとは一見関係なく見えて「実は絡んでいる要素」を見つけることで、問題の本当の構造が見えてくることがあるんです。

——フィールドワークのなかで、想定外の要因が見えてきた経験はありますか?

たとえばエチオピアの農村で、土地の所有に関する研究をしていたときのことです。当初は農業や土地利用について話が出てくると予想していたのですが、実際に人々と一緒に暮らしてみると、宗教や呪術がその行動原理に大きく関わっていることがわかりました。

 

それを見つけたきっかけは、ある日、農家の男性が土に埋まった小さな物を指差して「これなんだと思う?」と聞いてきたこと。話を聞いてみると、他の農家の実りを悪くするために呪いを込めた“呪物”でした。信仰や儀礼の要素が、農業の営みに影響を与えていると偶然わかったんです。

 

更年期女性の働き方についても同じで、見えていなかった要因が複雑に絡み合って問題が生じている可能性があります。そうした複合的な問題に対しては、想定していない要素が見えてくるまで「じっと待つ」こと。非効率かもしれませんが、人類学の観点ではそのようなアプローチが大事だと考えています。

“均質な時間”という前提が生む、身体のリズムとの不調和

——では、「更年期女性の働きづらさ」というテーマにおいて、疑うべき前提はなんだと思いますか?

一つ大きいのは「いつ、誰にとっても、時間が均質に流れている」という前提ではないでしょうか。疑いようもない事実と思うかもしれませんが、実はこの感覚はかなり近代的なものなんです。

 

エチオピアの農村で研究した時に気づいたことがあります。それは、曇りの日や雨の日の朝は、村人の起床時間が普段より遅くなるということです。太陽の光によって身体は覚醒するのですが、晴れた日と曇りの日では光の量が違う。そのため「適度な睡眠時間」が変わってくると知りました。時計の時間に沿って生きる私たちが持つ「毎日7時間寝れば十分」といった均質な考え方自体、自然ではないということです。

 

人間の身体は本来、太陽の明るさや季節の変化に影響を受けながら、自然のリズムとともに動いているはずです。特に女性の場合は、月経周期やホルモンの変化、子育てといったライフスタイルのリズムもある。それにもかかわらず、異なるリズムを持つ人々を、「年中週5日、朝から夕方まで同じ就業時間」で揃えようとするのは、極めて不自然です。

とはいえ、こんなことを既存の会社で言っても相手にはされないでしょう。それほど、決められた時間に決められたように働くという考え方は、私たちの社会に強く根付いているのです。

——なぜ、「時間は均質」という考え方が根付いてしまったのでしょうか?

この考え方は、明治時代にまで遡ります。それまで月齢にもとづいていた暦が欧米と同じ太陽暦に変更されました。同時に、昼と夜を6等分する不定時法から、1日を24時間とする定時法へと変更されたのです。昼と夜の長さは一年のあいだに変わりますから、江戸時代までは「1時間」が季節によって違っていたわけです。

 

近代社会では、均質な時間感覚を身につけることが大切でした。日本初の軍隊ができたとき、左右の足を揃えた行進すらまともにできなかったそうです。そこから、朝起きる時間を揃えたり、食事の時間を管理したりして、誰もが均質なリズムで規則正しく動くことを身につけてきました。学校も会社の工場も同じような考えで設計され、均質な時間感覚が社会に浸透していきます。

 

150年もかけて私たちは「均質な時間」を学んできたのです。そして、それが今、人間本来の身体のリズムとの不調和を起こしている。もしかしたら、更年期女性の問題の背景にあるのは、そもそもの時間の捉え方であり、それを前提に作られた社会や会社のほうかもしれません。そして、長きにわたって均質な時間に合わせて生活してきたため、個人が「本来の身体のリズム」を見失ってしまった可能性もあります。

——現代社会を生きる私たちは、どうすれば身体のリズムを取り戻すことができるでしょうか?

難しい問題ですが、身体のリズムを見失っている原因の一つは、自然から離れてしまっていることにあると思います。日本でも農家の方など自然に近いところに生きる人たちは、意識せずとも自然や身体のリズムに沿って生きていることが多い。しかし、都市の生活では、照明や空調によって環境が均質化され、自然のリズムも身体のリズムも感じる機会が少なくなっています。

以前、修験道の山行の話を聞きました。真夜中に懐中電灯もなく山の中をひたすら歩くのですが、そのためには目だけでなく耳や足の裏の感覚など、身体中のあらゆる感覚を研ぎ澄ます必要があるそうです。現代の都市生活者には、ちょっとハードルが高そうですよね。でも、それだけいまの生活では、身体の感覚を鈍化させて生きているのだと思います。

 

キャンプなどもいいと思います。テントで寝ると、日暮れや夜明けなどの自然のリズムを感じることができます。自然の中に身を置くことで、本来自分たちもその一部として生きていることを感じる。そうやって、少しずつ本来の身体感覚やリズムを取り戻すことができるのではないでしょうか。

更年期女性をど真ん中に置き「公平」な社会を考える

——個々人の工夫も大切ですが、やはり社会や企業のあり方そのものを見直す必要がある。その点は、私たちと松村さんで共通しているように思います。私たちの活動に対しても、何かヒントをいただければうれしいです。

ヒントになるかはわかりませんが、いただいた事業説明の資料に「企業が個人の健康を経営課題として向き合い、成長のチャンスと捉え、加速度的な変化を生み出す」と書いてありましたね。これにはちょっと違和感を覚えました。

 

というのも、「成長のチャンス」や「加速度的な変化」といった言葉が使われると、結局のところ企業の成長が第一目的になってしまいかねないからです。でも、本来は逆なはず。まずは、働く人が健やかであることが大切であって、その結果として企業も健全でいられるのが理想ですよね。

 

そうでなければ、会社や社会の構造そのものを変えられない気がします。むしろ「更年期女性の働き方、身体のリズムを中心に置く」ことで、これまでになかった会社のあり方や働き方を提案していく、というのはどうでしょうか。

たとえば障害のある方を中心に据えた職場では、結果として他の従業員にとっても働きやすい環境が生まれることがあります。更年期女性を中心に置いて考えることで、資本主義社会における会社のあり方の前提を変えていく力にする。そのほうが前向きなビジョンがあっていいなと思いました。

——「更年期女性を中心においた会社」は、誰がどのように形作っていくものだと思いますか?

みんなで考えていかなければいけませんが、その主体となるのはやはり女性自身ではないかと思います。女性はホルモンなどの影響もあって、男性に比べて身体のリズムを日常的に感じているでしょう。その自覚をもとに、女性自身が「自分たちの理想的な働き方」を実現していく。そうした挑戦を、会社全体で支えていくことが必要だと思います。

 

そこで大切にしたいのは、「平等」ではなく「公平」の考え方。女性も男性と同じように働く。これが「平等」の考え方です。日本の男女平等や機会均等にもこのような考え方がありました。しかし、それは現代の様々なところに歪みを生じさせています。

 

身体のリズムも特性もバラバラの人たちを、同じ条件下で働かせるのは平等であってもフェアではない。バラバラな人たちの間に公平性をつくるには、働き方や役割分担もバラバラにする必要がある。

 

もし「女性が働きやすい職場」ができたとしたら、意外とそっちのほうが心地よいという男性も出てくるかもしれませんよね。同じ条件で働くといった「表面的な平等」ではなく、違いを前提とした「公平な働き方」とはなにかを考える必要があるのではないでしょうか。

<プロフィール>

文化人類学者/岡山大学文学部准教授 松村圭一郎さん

編集後記:時間も、組織も、人間がつくったフィクションにすぎないとしたら。 〜変えられないと思ってきたものは、本当に変えられないのか〜

この「働きづらさ」は、どこから生まれているのか。
私たちは、どこを立脚点にして歩みを進めていけばよいのか。

 

更年期世代の女性を対象に研究やサービスを展開するなかで、私たちは何度もこの問いに立ち返りました。
身体の不調を「個人の問題」として扱い、努力や気力で乗り越えることを前提にしてきた社会。
しかし、働くことと生きることが地続きである現代においては、個人にのみ適応を求める構造自体が、もう限界を迎えています。
本質的な解決のためには、働く「場」そのものを変えていくこと。それが、私たちが行き着いた答えでした。

 

けれども、経営や人事の立場から見ると、「感情」や「共感」だけでは組織は動けません。
変革には、経営言語での翻訳が必要です。
だからこそ私たちは、「生産性」「効率性」「経済損失」といった言葉を使わざるを得なかった。
けれど、本当に伝えたかったのは数字ではなく、その背後にある“人の変化”です。

 

実際に導入企業では、社員が自らの状態を理解し、セルフマネジメント力を高めることで、不調による生産性の低下(プレゼンティーイズム)が改善し、チームの関係性も変わり始めています。

経営層からも「これまで見落としてきた重要な課題だった」との声が多く寄せられています。

 

心身のコンディションが整うことで、個人だけでなく、組織全体の信頼関係・創造性・持続可能性が高まっていく。
それが「健康経営の次」にある、ウェルビーイング経営の本質だと私たちは考えます。

 

では、私たちはどこに軸足を置くのか。
その答えのヒントが、松村先生との対話のなかにありました。
——「均質」「時間」「組織」。

 

絶対的だと思ってきたこれらの前提は、実は変化しうるものです。
人間が本来持つ身体のリズムや多様な時間感覚を中心に据えること。
それは単に働き方の柔軟化ではなく、組織設計やマネジメントの思想そのものを問い直すことでもあります。
「女性のリズムをまんなかに置く」という考え方は、決して女性だけのためではありません。
画一的な働き方に息苦しさを感じているすべての人にとって、よりしなやかで持続可能な社会をつくる入口になるはずです。

 

私たちは、自らが立つ場所、つまり「個人の健康と組織の健全さをつなぐ交点」に軸足を置き、
そこから始まるこれからの旅路に、確かな希望と責任を感じています。

 

変化は決して急がずとも、確実に芽吹いていく。
そのプロセスを、企業や社会の皆さまと共に紡いでいけたらと思います。

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